January 2012
たとえ
世界の終わりが明日だとしても
種をまくことができるか?
– 寺山修司「愛さないの、愛せないの」 (via adorechic) (via erewwa, hazy-moon) (via thinkupstudio)
千反田という苗字は知り合いに反田さん一反田さん二反田さん三反田さん四反田さん五反田さんがいたことから思いついた。
– Twitter / @honobu_yonezawa 米澤穂信 (via phorbidden)
私に欠けていたのは、完全に人間らしい生活を送るということだった。単に認識の生活を送ることではなかったのだ。
– 海境夷聞 つまずき
キルケゴール 1835年8月1日の手記 (via iomz)
変はり者と理想家とは、一つの貨幣の両面であることが多い。...
– 三島由紀夫「第一の性」より 三島由紀夫の11歳のときの作文凄すぎワロタwwwwwwww: 暇つぶし.JP (via hzkj29)
映画作りを34年やってきて、人生の終わりへと向かっていくなかで、問い掛けなければならないことがあった。それは誰もが直面する問題、死についてだ
– 渋谷陽一の「社長はつらいよ」 - タル・ラベール、最後の作品をかたる (via do-nothing)
なぜなら、世界の中心というのは 一カ所しかないが、「世界のはじっこ」は無数にあるからね。
– はじっこを全部集めるとだいたい中の様子が分かる、というのがストークスの定理
春の雨はしめやかに降って、のきの玉水の音も静かに聞える。春の初に降るのは一雨毎に花をもよおすかとうれしい。「紅白花は開く煙雨の中」という景色は、静かな中にも美しい...
– 大正二年発行の小学校五年生の読本より。三島由紀夫11歳の作文を読んで思い出したが、その頃は小学校四年次までの国語が週10~14時間あって、先に読み書きを鍛えて高学年で応用学科を教えるという方針だったらしい。いまと単純に比較はできないが。
タンブラーの異常な愛情 または私は如何にして心配するのをやめてコピペを愛するようになったか? →
心の哀しみ、切なさといふものが、どれ程人間の生涯を美しくするものだらう。私はこの頃それに気がついてゐる。哀しみに満ちた私の生涯が不意に去つて、青い空のやうな幸福が...
– 森茉莉
「あきらめ」ということほど言い易くして行い難いことはない。それは自棄ではない、盲従ではない、事物の情理を尽くして後に初めて許される「魂のおちつき」である。
– 種田山頭火『山頭火随筆集』 Twitter / @名言bot (via tachibana7023)
すべては、始まりの一瞬の中に準備されているように思えることがある。
– [mixi] シュトックハウゼン (via mmqqbb)